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<衝動>(1991)
Creation Recordsからは、ライドが登場。4ADからは、ペイル・セインツ、ラッシュの登場と、90年の幕開けは実にセンセーショナルだった。そして翌91年、時代は更に加速する。
イギリス音楽シーンは、『マンチェスター』の興奮が覚めやらぬうちに新たなアーティスト達の登場により、さらなるエキサイティングな展開を見せる。Creation
Recordsからはスワーヴドライバー、スピリチュアライズド擁するDedicated
Recordsからはチャプターハウスが立て続けにデビュー。そしてスローダイブ、ムース、リボルバー、カーヴといった良質なフォロワーが続く。それ以外にもブーラドリーズにテレスコープスらが素晴らしい作品を発表し、キャサリン・ホイ−ル、ブリーチなど、実に多くのアーティストが現われる。
そんな勢いは海外にも飛び火し、アメリカからはスワイリーズやチャプターハウスが見つけてきたドロップ・ナインティーンズが現われ、更にはダイナソーJRやピクシーズといったア−ティスト逹に、多大な影響を与えていった。
この頃になると、イギリスのメディアもこぞって彼らを取り上げた。『マンチェスター』という一大ムーブメントもすでに過去の物となりつつあり、メディアは次なるものを待ち望んでいたのである。そんな中あるメディアが、ひたすら演奏中に下を向いてギターをかき鳴らす彼らのパフォーマンスを見て、『シューゲイザー(Shoegazer=靴を凝視する者)』と称したことから、一斉に各メディアに『シューゲイザー』の文字が溢れかえる。
結果、アーティスト達が望む望まざるを関係無しに、『シューゲイザー』という枠組の中に一括りにされていったのである。しかもそれは皮肉にも、多くのリスナーからはメディアによって作り上げられた虚像としての蔑称というイメージを植え付けてしまったのである。
その頃日本でも、Wonder Release Recordsなどのインディーズレーベルが中心となって、ヴィーナス・ペーター、ペイント・イン・ウォーターカラー、ホワイト・カム・カム、ロコ・ホリデイズといった数々の名バンドを生み出した。そんな中下北沢では、Club
ZOO・Shelter・Club 251の3ケ所合同で、日本の『シューゲイザー』シーンの総決算とも言える伝説のイベントも行われ、翌92年にはParcoのQuattroレーベルより「Brand
New Skip Decoration」という、日本の『シューゲイザー』シーンの集大成的なコンピレーション・アルバムもリリースされるに至る。
このように、急激に盛り上がっていく『シューゲイザー』であったが、まさに白昼夢であったかのごとく、この後急激に衰退していくことになろうとは、この時点ではまだ誰も気付いてはいなかったのである。
そして91年11月、人類はこの先の音楽史上に計り知れない影響を与える事になる、あまりにも美しく破滅的な、未だかつて誰も聴いたことのない耽美的な世界が広がる、1枚のアルバムを目のあたりにする。
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